姦通

しと、しと、と細い雨の降る中、索敵を終えて隊に戻ってきた燭台切光忠は馬上から飛び降りた。
少し遅れて、付き従っていた打刀歌仙兼定も馬を下りる。
短刀五虎退がその帰還を見守る中、光忠は悠長に木下で書物に目を通すへし切長谷部へと詰め寄った。

「どうして大倶利伽羅がいない」

普段隊を盛り上げるような明るい声音を出す燭台切の、地を這うような低い声。
それに、五虎退がびくりと肩を震わせる。

「知りませんよ、俺が目を離した隙にいなくなっていたんでね」
「おっ、大倶利伽羅さんならぁ……」

五虎退が立ち上がり、光忠を見上げる。
光忠の身の丈は五虎退の倍ほどもあり、五匹の幼虎が五虎退の周りを鼓舞するように駆けた。

「おっ、……あの……ぐす」

決心したように拳を握る五虎退はしかし、光忠の鋭い眼光にしゅんと俯く。
途中怯えた目が自分に向けられたものだと分かり、光忠はその場にしゃがみ込んだ。
そうすると、五虎退と殆ど同じか少し下の目線になる。

「大倶利伽羅の行き先を知ってるのかい?」

五虎退に恐れを抱かせぬよう、光忠は目を細め口角を上げた。
柔らかい声色を作る。

「はい、おおくりからさんは、一人で別方向への索敵にいらっしゃいましたぁ……」
「一人で索敵に、ねぇ」

五虎退が、こくこくと頷きながら繋がれた馬の方を向く。
人数分連れてきた筈だったが、そのうちの一頭が姿を消していた。

「小雲雀がいないね」

最も機動力のある馬に乗り、大倶利伽羅はひとりで出発したらしい。
明らかに怒りを滲ませる燭台切に、五虎退の眉が下がる。

「と、止められなくてぇ、す、みませぇ……ぐす」
「君に怒ってるんじゃないよ。君は悪くない、自分を責めないで。大倶利伽羅に行くと言われて、君が止められるわけもないだろうし、ね」
「光忠さぁん……!」
「僕が怒っているのは、大倶利伽羅に対してだよ。カッコ悪いことをしてくれる」

京都は、大倶利伽羅の隊では初めて出陣する場所であった。
その分、慎重に進まねばならない。だからこそ参謀として審神者から命を受けた光忠は、隊長である大倶利伽羅をここに置き、兼定と二人で索敵を行ったのだ。
それが全部無駄になった。
燭台切は、ぎりり、と唇を噛み締めた。

「光忠、あいつのことだから心配はいらないだろうよ」

へし切長谷部は、つまらなさそうに欠伸をしている。

「そうだよ、彼は強い。戻るまで待とうじゃないか」

大倶利伽羅の強さは認めている。兼定に言われ、光忠も一度はその場に立ち止まった。
しかし、嫌な予感は拭えない。
霧雨によって不快な湿り気を増し、昼間であるはずなのに太陽はすっかり雲隠れしていた。それが尚更、光忠を不安にさせる。
五虎退は先ほどからある一方だけを不安げにみつめていて、燭台切は大倶利伽羅がそちらへ向かったのだと理解する。

「大倶利伽羅……」

光忠が大倶利伽羅の名を呼んだその時、本丸からの使いがやってきた。

「これから明日にかけて雨が本降りになるとの予報で、戦法を変更するとのことです」
「戻れと言うのか。しかし……大倶利伽羅がまだ」

光忠のこめかみに、冷や汗が垂れ落ちる。

「太刀だから平気だろ、短刀や脇差達とは違う」
「でもね、長谷部くん……あの子はまだ」
「いや、もういい大人ですよ。皆の世話を焼くのはいいですが、放っておいてやりなさい。彼本人も、そう言っていましたしねえ」

長谷部は光忠を制したが、光忠は目を閉じてそれに従わなかった。

「駄目だ、僕は大倶利伽羅を置いては戻れない」
「主命に背くつもりか?」

長谷部の語気が荒くなる。

「背くのではないよ、帰還が遅れるだけだ」
「理由を聞こうか、隊の一員を失えば参謀として格好が悪いからか?」
「だったら良かったんだけどね。長谷部くん、彼らを頼んだよ」

長谷部は光忠の言葉にやれやれと肩を竦めた。
先程降りた馬の元へ向かう光忠が今から成そうとしていることを察し、五虎退は力強く声を出した。

「僕たちも刀です!光忠さんは、どうか大倶利伽羅さんだけの心配を」

その一言で、光忠は馬に飛び乗った。

「……ありがとう」


***


男の匂いが周囲に立ち込めている。
自らの羽織を下敷きに地面に倒れこんだ大倶利伽羅は、下肢に何も身につけていなかった。
褌は足元に散らされている。
褐色の肌は雨と男たちの精液で濡れ、露出した尻の中は男の勃起した陰茎で満ちていた。
自分の上にのし掛かり強く腰を押し付けてくる目の前の異形の男を、大倶利伽羅は必死の思いで押し返す。
しかし、胸を押すことで逆に男の腰が動いた。

「あっ……う、ぐ」

大倶利伽羅の奥へと、男の凶器が深くねじ込まれる。
男は抵抗が気に入らないというように、押し潰さんばかりの勢いで大倶利伽羅に肌を擦りつけた。
近づく荒い息にまじった臭いは、大倶利伽羅に吐き気を覚えさせる。
しかし、今のままでは吐くこともできぬ。
吐けば更に地獄だ。
敵の審神者がこれ以上の愉快はないという様子で、啼け、と囁いてくる。

「だ、れが……」

大倶利伽羅は、この様な責め苦で自分が音を上げるはずがない、と思った。
本来であれば快楽に身悶える姿を晒させることで拷問となるはずの行為。
しかし敵国の大太刀は、審神者によって人に変えられてはいたが、単に自分の快楽を求めるだけの動きしかしなかった。
いくら陰茎が太く熱く見事でも、それでは意味がない。
その一点により、敵国の審神者が想定するような屈辱を、大倶利伽羅は味わっていなかった。
元より人間ではない大倶利伽羅にとっては、刀が錆ついたり刃が欠けたりするほどの痛みと、今の行為とはそれほど変わらない。
肉体を得たばかりで未熟な大倶利伽羅の性の扉を開くには、愛撫と呼ばれるようなものが圧倒的に足りなかった。

「……ぐ、うう」

槍に貫かれ薙刀に広げられた部分が、じくじくと赤を零した。
大倶利伽羅の口からは、呻き声だけが上がる。
複数の男の精液が混じり桃色となったそれが、大倶利伽羅に挿入する大太刀の男の陰茎の間から、くぷり、と押し出された。
筋肉で作られた形の良い尻を垂れ流れて、地面に落ちる。

「うっ……くう……」
「強情な男だ」

敵国の審神者が呆れ声で零す。
審神者が側についた敵国の刀たちは、少し大倶利伽羅がもがいて傷を加えても、すぐに手入れされた。

「……というよりは、まだ意味が分からぬか。その身体で人を欲しがったことも、ないだろうしな」

敵国の審神者は大倶利伽羅に無心に腰を打ち付ける大太刀に向けて、何かを囁く。
すると大太刀が腰を引いた。
ずる、と大倶利伽羅の中を圧迫していた陰茎が抜けて行く。

「……あ?」

単に真っ直ぐ引き抜くだけではなかった。
大倶利伽羅の腹側の腸壁を擦るように、陰茎は引き抜かれた。
長い凶器の先端が、大倶利伽羅の敏感な部分を擦る。

「い、あっ……!」

明らかに今までとは異なる、鼻にかかった掠れた声が大倶利伽羅の喉から漏れた。
大倶利伽羅は一瞬何が起こったのか分からぬという顔で瞬きを繰り返した。
敵の大太刀と審神者は、にぃ、と口角を上げる。
度重なる姦通でぱくりと口を開けた尻穴に、大太刀が再び陰茎を緩く差し込んだ。
ぬこ、ぬこ、と浅く擦られてついに発した女の声で、大倶利伽羅は自分の置かれた状況を漸く把握した。
俄かに、大倶利伽羅の褐色の肌が色付いて行く。
褐色の肌に血の気が通って赤みを帯びると、いやらしい赤丹色になった。

「ふっ……嘘だ……こんな、のは……」

大倶利伽羅は襲いくる甘美で淫蕩な感覚に抗おうと盛んに暴れ、手足をばたつかせた。
綺麗な爪が地面を引っ掻き、間に土が入る。しかし、大太刀はびくともしなかった。

「の、け……退け、ェ……!」

声を振り絞って叫ぶも、大太刀はその大きさにも怯むことはない。
大倶利伽羅が静かな性質で、人を驚かす声の大きさで叫んだことがなかったせいもあるかもしれない。
そしてまた、絞り出した声の余韻は、与えられる未知の快楽に高く歪んでいた。
再び凶器を引き抜かれる。
快楽を感じる部分を、ねっとりと擦られた。

「やめろ……これ以上は……やめ、」

引き抜いたものを、大太刀はまた、ぴとり、と大倶利伽羅の緩んだ尻穴に宛てがう。

「やれ」

審神者の命によって、大太刀が大倶利伽羅の尻穴を貫きにかかった。
大倶利伽羅は、自らの内部にえぐりこんでくる熱に、くらりと眩暈を感じた。
今までただの自身をいたぶる凶器でしかなかった男の部位が、急に自分を女に変える恐ろしい何かに思えてくる。

「嫌だ……成りたくはない……っ」
「もう遅い」

男の荒い息が大倶利伽羅の耳たぶを濡らす。
鼓膜が震え、大倶利伽羅は、びくん、と大きく腰を波打たせた。
自らを制圧しようとする圧迫感から逃れるように、大倶利伽羅が唇を開いた、その瞬間。

「うーーーあ!」

一拍、大倶利伽羅の反応を見るような間を取って、大太刀は大倶利伽羅へ一気に挿入した。
肌と肌のぶつかる乾いた音が、辺り一帯に弾けた。

「う、そだ……いや、だ……」

複数の男に見られながら、大倶利伽羅の性器が首を擡げていく。
褐色の身体に準じるような、紅色に寄った色の性器だった。
審神者が楽しそうに大倶利伽羅の癖のある陰毛を掴む。

「っひ……」
「気持ち良いか」
「ふ……ぐ、う……」

首を振る大倶利伽羅に敵の審神者が大口を開けて嗤う。
大倶利伽羅の性器は、大太刀が腰を打ち付けるほどに硬い芯を作っていった。

「……ふ……ざけ、おまえら……一本残らず、殺すっ……!」

き、と金色の目が敵達を睨む。
しかしその態度も言葉も、強がりでしかなった。
頭の中は既に限界が訪れている。
強引にこじ開けられた扉は、それ以前に与えられたものすら快楽に変えてしまっていた。
男に何度も犯される悦びに、大倶利伽羅は目覚めさせられてしまったのだ。
頭では嫌がろうと、身体だけは酷く喜びを感じている。
その証拠に、膨れ上がった大倶利伽羅の陰茎の先端からは、ぷくりと先走りがにじんでいた。
敵の審神者が面白がるようにその先端を指ではじく。

「ぁ、あ……!」

かっ、と性器から生まれたいやらしい熱が、大倶利伽羅を一気に蝕んだ。

「あ、あ……ああ、」
「良い声になってきたではないか」

大太刀の性器の抜き差しに併せて生じる大倶利伽羅の鼻にかかった呻きに、いち早く近くの大太刀が唇を歪めて嗤った。
挿入と揺さぶりに対し、大倶利伽羅の性器は完全に勃起して震えている。

「っは、あー、はあ……っ」

大倶利伽羅がのけ反る。
茶色の柔らかな癖っ毛が、ばさりと音を立てた。
顔を歪めた大倶利伽羅は、はふ、と苦しそうに息を吐く。
尻穴に男の雄を咥えこんでいることも忘れ、ただ押し寄せる波に身を任せ、達したいという願望が高まる。

「……たの、む」

どうすれば達することができるのかわからぬ。
大倶利伽羅はあろうことか敵国の男たちに懇願の声をかけていた。
しかしその時、敵国の審神者がはっとした顔で立ち上がり雑木林の奥に視線をやった。

「敵だ」
「あ……?」

敵の審神者の言葉に、大倶利伽羅にのしかかっていた大太刀が身体を離す。
抜けた瞬間、大倶利伽羅の腹の奥の熱がまた高まった。

「もう少し遊びたかったが……残念だ」

以降彼らは大倶利伽羅を振り返ることなく、馬代わりの異形に乗ってその場を後にした。
達することもできぬまま、壊されることもないまま、大倶利伽羅はただ放置された。
子供の玩具以下の扱いに、大倶利伽羅は奥歯をかみしめる。
真剣必殺の際に脱ぎ捨てることとなった自分の身体の下に敷かれた羽織を、ぎゅっと握った。
握ると、一部がべとついている。
動こうとしても、腰から下が未だしびれたような感覚に囚われたままで、先ほどまでの挿入によって高められた自身の熱も、収まれ、と念じても収まらなかった。
長い強姦によって、僅かな痛みですら、快感に変わるらしい。
大倶利伽羅は早いところ収めよう、と手を下肢に伸ばして――躊躇した。
男たちが去って数分、ようやく冷静な思考が戻り始めている。
つまり、ここからは恥辱との戦いだった。
大倶利伽羅の目元が、これ以上ないほどに赤みを帯びた。
怒りと恥ずかしさでどうにかなりそうだった。
単独行動のお蔭で、傍に誰もいないことだけが救いだ。
しかし、敵の審神者は敵だと行って逃げた。
敵の敵、ということは。
そこまで大倶利伽羅が考えたその瞬間、男たちが去っていたのとは逆の方向に人の気配が生じた。
遅れて、濡れた葉の踏まれる音が大倶利伽羅の耳に届く。

「……これは、これは」

聞き覚えのある声に、大倶利伽羅は目を見開いた。
首を上へ向ければ、声の主の姿が見えるだろう。
しかし大倶利伽羅はそれが出来なかった。

「あ……っ」

しゃく、しゃく、と草を踏んで、声の主が近づいてくる。
仰向けになってただ左手の爪を目に入れていると、草履ではない西洋風の靴がその先に見えた。

「無体をされたようだね、大倶利伽羅」
「……消えろ、光忠」

今最も会いたくない男の登場に、大倶利伽羅は強く瞼を閉じた。


***


強引に馬を走らせ、森を抜ける。
大倶利伽羅の性格からいえば、多少無理をしてでも奥へと入っていくはずだ。

「ただ……釘は刺したからね。僕に見つかるまでに帰るつもりではあったはず……」

それならば、と光忠は手綱を引いて馬を止めた。

「小雲雀で時間内に往復できるのは大体この辺りまでだよね」

ゆっくりと左右を確認する。
時間を損失したくない、間違うわけにはいかない。
光忠は深呼吸をして目を閉じた。そうすると、自分が刀だった時のことが感じられる。
自分の主が道を迷った時、敵がうろたえ逃げ惑ったとき、後続の馬が人間に命じられて方向を変える時、その先は――。

「――左だ」

はじき出す。人間に帯刀されて学んだ生きた知識。
光忠は馬の首を撫で、左の少し暗くなった雑木林へ入るよう指示した。

「間に合ってくれよ。破壊だけは免れていてくれ」

恐れながら馬を走らせて十数分。
大倶利伽羅の行動は直感によるものだろうという光忠の予想は、見事当たっていた。
雑木林を抜けると、丘のような場所が現れる。
その手前に一頭の馬が繋がれていた。小雲雀だ。
小雲雀は、所在無げに周りの細い木を見つめている。
光忠は馬から降り、背を撫でて疲労の見える彼をねぎらってやった。
自らの馬をともにつなぎ、開かれた場所に一歩足を踏み入れる。

「……うっ」

呻いた。
明らかに強姦されたのが分かる恰好で、大倶利伽羅が寝そべっていたからだ。
寝そべっていた、という可愛らしい表現は似合わない。
むしろ、倒されていたとか、放置されていた、打ち捨てられていた、と言った方が正しい。
褐色の肌の露出が多かった。
下半身には何も身に着けていないらしく、長い両脚がただすらりと地面に伸びている。
普段その細腰を覆う布も羽織も、全て地面に放られていた。

「嘘だろう」

その光景についてはいた言葉ではなかった。
光忠は自分の変化が信じられなかったのだ。
大倶利伽羅の肢体を見て興奮している自分の身体の変化が。

「っ……!」

下腹部を覆うような熱が腹の奥から生まれ、股の間へと凝縮されていく。
僅かにふらつくような足取りで、光忠は大倶利伽羅に一歩近づいた。
大倶利伽羅は、まだ光忠の接近に気づいていないようだ。
光忠の位置から、大倶利伽羅の胸が一度大きく上下するのが見えた。
彼は、彼の脚の付け根へと、ゆっくり手を伸ばす。

(まさか、今から自分で)

光忠のこめかみを、つう、と嫌な汗が流れ落ちる。こくり、とその白い喉が上下した。
皮手袋のままこぶしを握れば、摩擦で独特の音が鳴った。
手袋の中に隠された光忠の手からも、汗がじっとりと噴き出す。

(雨のせいだ、この……天候の所為。そうとしか考えられない)

辺りを満たす陰鬱な空気。
馬を駆って一人ここへ来た光忠は、それに強く影響されてしまったのだと自分を納得させた。
だからこそ、このような感情を――いや、感情にも満たない動物のような衝動を、催したのだ。
光忠は腰に手を当てて自分を落ち着かせた。二度三度息を吐いてから、また一歩近づく。
ぴくり、と大倶利伽羅の身体が動いた。
勃起した陰茎を慰めようと動いていた手が止まる。
光忠草を踏む度に、大倶利伽羅の身体が僅かに動いた。
誰かが近づいていることには気づいているのだろう。

(確認できるほど、強い精神ではないようだね)
「……これは、これは」

おっとりと聞こえるように声を出した。震えていないことだけが救いだ。
しゃく、しゃく、と草を踏みしめると、大倶利伽羅の茶色の髪が揺れた。
白い着衣は切り刻まれて脇腹も露出している。
その腹のすぐ横で、光忠は立ち止まった。

「無体をされたようだね、大倶利伽羅」
「……消えろ、光忠」

いつもと変わらぬ不愛想な声で、大倶利伽羅は言った。
ただし左手が動き、腰布で脚を隠す動作がある。
大倶利伽羅の言葉を無視して、目を閉じる彼のかたわらに光忠はしゃがみ込んだ。

「このまま僕に消えられたら君は野良犬の餌だよ」
「迷惑をかける位なら、それでいい」
「君が餌になるのは僕が嫌なんだ……って言ったら怒るかい?」

そういえば大倶利伽羅が黙り込むであろうことを、光忠はわかっている。
放っておいてくれ、なれ合うつもりはない、俺一人で十分だ――そんな大倶利伽羅の言葉は、全て彼のやさしさによるもの。
燭台切光忠は、大倶利伽羅のそういうところをかっていた。
必要以上に近づいたりはしないが、必要以上に放っておくこともしない。
本丸では、常にそういう立ち位置で過ごして来た。
裏を返せば、かつて共に刀生を過ごしたものとして、それだけずっと気にかけてきたといってもよい。
刀剣が審神者によって人間の肉体と魂を持つに至った現世。
刀剣によって、その立ち位置は多種多様だった。
敵が全てなくなって戦争が終われば、審神者から元の時代へと返されもするだろう。
刀が戻らなければ、歴史が変わってしまう。

(だから君は、人を遠ざけているんだろ?きっともう一度、一人になるから。でもそれは君の本意じゃない)

光忠は知っている。
五虎退や蛍丸たちが本丸の庭で楽しそうな声を出して遊んでいるのを見て、軒先でほほ笑む大倶利伽羅を。
それはずっと見ていなければわからぬほどの僅かな変化だったが、桜が舞う中、穏やかに体を障子に預ける大倶利伽羅に魅入れられていた光忠は気づいた。
決して近寄ろうとはしない。しかしその実、皆の幸せを喜んでいる、遠くから。

(君はひとりでいるべきじゃない。僕は君をひとりにはしたくない)

軒先で庭を見ていた大倶利伽羅の僅かに上がった口角を思い出しながら、光忠は目をつむる大倶利伽羅の頭にそっと手をやった。
大倶利伽羅の額は、未だ振り続ける雨に濡れ、冷たい。

「動けないんだね。……すごい恰好だけど、やっぱり恥ずかしい?」

わざと少し茶化すような言葉を発した。馬鹿にしたわけでも、嘲ろうとしたわけでもない。
ただ茶化さなければ、己の興奮をそのまま大倶利伽羅にぶつけてしまいそうだったのだ。
穏やかさとは相反する衝動。雨の所為の――。
光忠は、ひとつ息をつく。
大倶利伽羅は、彼の身体から発される熱には気づいていない。

「わかりきったことを言うな!……光忠、お前……何をしにきた?」

ふい、と大倶利伽羅が顔をそむける。

「審神者の命を伝えに来たんだよ。雨が降っているから……一緒に帰ろう」
「こんな恰好で帰れるか。……あんたも嫌いだろ」
「自分がカッコ悪いのはね。人がカッコ悪くても気にしないよ。ただ、それはしまわないと駄目だよね」

特に何でもないことのように言った。
それ、というのは、腰布の下で未だにそれを押し上げ存在を主張する大倶利伽羅の性器である。
軽く話すことで大倶利伽羅にこれは何でもないことだという意識を持たせたかった。
乗ってこい、と光忠は思う。

「……言っておくが、たたせたくてたたせてる訳じゃないからな」

光忠は、ほくそ笑んだ。
乗ってきてくれてありがとう。

「わかってるよ、それ位。辛かったよね」

す、と光忠の手が大倶利伽羅の下肢に伸びる。腰布をのけた。
手袋の向こう側に、ぴとりと弾力のある大倶利伽羅の性器が触れる。
大倶利伽羅は驚いた顔で跳ね起きようとして、痛みに顔を歪めた。

「……みつ、った……やめ」
「おとなしくしてくれるかい。今は快楽と痛みで、ろくに動けないんだろう?」

光忠は大倶利伽羅の額に手を押し付けて、暴れようとする彼の動きを奪った。

「くそっ……しばらく放っておけば、元の俺に戻るはずなのに」
「そうとは限らないよ。それに、あまり時間をかけるわけにもいかなくってね」

手袋の手のひら側に、大倶利伽羅のまつ毛が当たる。
その下で大倶利伽羅の目が開かれているのだ。

(ああ、意外とカンは良いんだな)
「俺のせいで、光忠まで審神者にそむいたことになるのか」
「少しは反省した?」
「……ああ、悪かった。長谷部が……うるさいだろうな」
「まあ、僕がやりたくてやったことだからお叱りはうけるつもりだよ」
「光忠」
「とりあえず今は、僕のすることにあらがわないでね。例え……嫌でもさ」
「んっ……」

つやつやとした手袋をつけたまま、光忠は勃起した大倶利伽羅の陰茎を軽く握りしめた。
大倶利伽羅が吐息をこぼす。
絞るように、下から上へと擦れば、摩擦力の強い皮手袋に、ぐにぐにと大倶利伽羅の陰茎の皮が動いた。

「彼らの行為では達せなかったんだね。一度もここから零れてないみたいだよ」
「……途中で捨てられたからな。光忠がこなければ……いってたかもしれない」
「捨てる神があれば拾う神があるってことかもね。……これは、少し違うかな」
「さっきのは神なんかじゃない。それに捨てられて良かった。……危なく俺は、知りかけたから」

額から目を覆う光忠の甲に、大倶利伽羅が手を重ねる。
その手からは手袋が奪われていた。
手袋だけではなく、大倶利伽羅はあらゆるものを奪われている。
下肢や露出した腹にこぼされた大量の精子が、大倶利伽羅が奪われ代わりに知らされようとしたものを表していた。

(本当に、知る前だったのかな)

ぐぐ、と光忠の心中に黒いものが生まれる。
愛撫など知らないであろう敵を相手に性器を擡げてその発散を探ろうとしていたということは、後ろの穴で感じることを知ったということではないのか。
光忠は芽生えた自分の考えを軽く頭を振って消した。

「彼らにはあらがったんだ。でも、僕を相手にするなら素直になっていいからね」
「ぃ、あ……っ」

光忠の手淫が激しくなる。
大倶利伽羅の唇が高い声を吐き出した。

「だめだ……や、てくれ……」
「これは罰だよ、大倶利伽羅」
「……ばつ?」
「君は僕の助言を無視したよね。一人で行動してはいけないと言ったのに」

光忠の長い指の動きが、ただ吐き出させるのを目的としたそれでなくなっていく。
大倶利伽羅の雄を弄び、彼に快楽を感じさせるものに変化していく。
光忠は、茎の部分だけではなく、そこから下がる珠も大きな手で軽く揉んでやった。
光忠自身、罰と言いながら自分が何をやっているのかわからなくなっている。
ただ、大倶利伽羅に対して内側から胸を叩くような激しい衝動があった。

「言ったのに……君がっ、勝手にいなくなる、からっ……」

光忠の言葉が荒くなる。
手淫が荒くなり、大倶利伽羅は、額を覆う光忠の甲の先にある手首をきゅうと握った。

「う、あ……っ俺を、お前がひとりにしたから……だから、」
「そうだね、あの場所で君を太刀以外のふたりと共に残すべきじゃなかった」
「……そう、いうこと……じゃない。うっ……も、う」

大倶利伽羅の唇から吐き出される言葉が、ほとんど意味をなさないものになっていく。
それを聞いていると、光忠は自分の首の後ろがぞくぞくと震えるのが分かった。
己の手淫に対し口を半ば開け、顔や体を火照らせている大倶利伽羅に、改めて熱が生じる。

(だめだ、これはいけない類の熱だから)

光忠は息をついて、親指の先で大倶利伽羅の先をえぐった。
早く終わらせねば、自分も渦巻く熱と衝動と感情とで狂ってしまう。
ぐるりと円を描いてやると、大倶利伽羅の手が光忠の手首をずるりと引っ張る。
目が見えた。懇願するような金色の瞳だった。
ハアッ、と光忠の方が短い息をはいた。
整った輪郭を通り、彼の汗がぽとりと大倶利伽羅の身体に落ちる。

「いっていいよ、大倶利伽羅」
「……ん、く……あ、ア」

少し大きめの声を出した大倶利伽羅の陰茎が、光忠の手の中で震える。
赤黒に濁った亀頭から、ぶくりと白濁したものが生まれた。

「ん、う……っ!」

大倶利伽羅の眉が、くっとひそめられた。
瞼が閉じきり、顔は歪む。
身もだえるその姿を見ながら、光忠は赤い舌で己の唇をべろりと舐めた。
大倶利伽羅の陰茎と腰が複数回跳ねる。
びゅくり、びゅくり、と断続的に吐き出される大倶利伽羅の精液が、光忠の黒い皮手袋と手首とを汚した。
とろり、と滑り落ちた白濁が濃さを緩める。
光忠は、役目は終わりだ、と大倶利伽羅の額から手をどけた。
身体が自由になった大倶利伽羅が、光忠の手袋を見つめてかっと頬を赤くする。
おや、と光忠は思った。
吊り上がった目じりが、初めて涙をにじませていたからだ。

「だから、放っておけといったのに」
(ああ、そういうことか)

大倶利伽羅が気にしているのは自分の痴態ではなく、光忠の恰好のほうらしい。

「どうして?大倶利伽羅のこれは、僕にとっては悪くないよ」

それになぜだか腹が立って、光忠は大倶利伽羅の精液に濡れた手首を彼の口元へもっていった。
独特の臭みを、わざとかぐわしそうに嗅ぐ。

「っ、な、やめ……」

大倶利伽羅の顔がひどくゆがんだ。
光忠の様な美しい男の顔にそれが近づくなど許されぬことだ、と言いたげだ。
しかし光忠はそれもお構いなしに唇で大倶利伽羅の精液を吸い取る。
大倶利伽羅はいよいよ耐え切れぬという様子で顔をそむけようとした。
しかし――。

「駄目だよ、ちゃんと見てくれないとね」
「な、え……?」

光忠の余ったほうの手が大倶利伽羅の頬を滑り、顎をとらえる。

「こちらを見て、僕が君の精液を舐めるところ」
「……っう」

光忠は金色の隻眼を細める。その中心の黒が、深く暗く濁っていった。
手袋から今にも垂れ落ちようとするそれを光忠がねぶり、味わう。
味わうという言葉にふさわしく、光忠は口に含んだ後もしばらくはそれを舌の上にのせていた。

「よく、そんな汚いもの……」
「汚くはないよ、君の出したものだからね。ただ、君のおしりの穴にいれられたものは、汚いかな」

大倶利伽羅がさっと視線を下肢へと投げる。

「っ!こ、これは……俺に、力がなかったから……」
「力があれば、こんなことにはならなかったというのかい?」
「そうだ……力があれば、ひとりでも十分だった」

光忠は未だ動けないでいる大倶利伽羅の脚の間に回った。

「光忠?」
「ねえ、本当にそう思ってるの?だとしたら君は大馬鹿者だよ、大倶利伽羅」
「……っあ!」

光忠は長い指先を大倶利伽羅のふぐりの下へ忍ばせた。
敏感になった大倶利伽羅の身体が震える。
そのまま窄まった尻穴までを下に辿ると、大倶利伽羅は必死の形相で光忠の腕を握った。

「い……ん、ひっ、い、いだい……」

ひだの間を指先でいじくると、びくびくと大倶利伽羅の四肢が震えた。

「やめてくれ、いったい何を……これも、罰なのか?」
「きれているね、ひっかかりを感じる」

大倶利伽羅の言葉を無視して、光忠は触れて思ったことだけを言った。

「あだり……まえだろ、何人に突っ込まれたと」
「その通りだよ。一人で十分というのは嘘だ。認めてくれるかな。僕にこんなことをされても、起き上がる気力すらないくせにね」
「……」
「認めないなら、今からここに僕も入ろうか?もっと痛いし、もっと気持ちよくなるよ」

大倶利伽羅はおびえた目をして首を振った。

「光忠、それは嫌だ」
「認めるかい?」
「……分った、こういう場合は一人で行動すべきじゃない。太刀の俺には……一人であれだけの人数は相手できない」

大倶利伽羅は厳しい光忠の眼光に、瞳を僅かに潤ませた。
しかし、涙をこぼすには至らない。奥歯をかみしめて、耐えているらしい。
光忠は少し怖がらせすぎたか、と首をすくめた。

「この中に入っている汚いものは、戻ってから自分でかきだすんだ。できるよね」
「そうしないと駄目なのか?」
「病気になるんじゃないかな」
「……わかった、やる」
「小雲雀の上に乗るのは辛いだろうから、僕の馬に乗りなさい。君を抱えてゆっくり進んであげるから」

光忠は手前に繋がれていた小雲雀の手綱を引いてきた。
大倶利伽羅が動けるようになるまで、それからまた暫く時間を要した。
その後、のろのろとした動作で着替え始める大倶利伽羅の様子を、光忠は根気よく見守った。
大倶利伽羅が光忠の傍へ歩み寄る。
黒い服についている精液は、もう乾いて白くかさついていた。
全身が泥だらけで饐えた匂いもしたが、光忠は何も言わずに大倶利伽羅の身体を抱えあげた。

「君、細いけどやっぱり男だね。結構重い」
「……抱えてくれと頼んだ覚えはない」
「口が減らないね。……行こう、本丸に帰ったら誰にも会わないように裏口から入るよ」

光忠は、ふっ、と笑うと大倶利伽羅の身体を馬の上へと乗せた。
倒れそうになる大倶利伽羅の身体の支えになるように、すぐに自分もその前に乗る。
小雲雀を引きながら進むには、これしかない。

「大倶利伽羅、つかまってくれるかな」

大倶利伽羅は少し戸惑うように手を光忠の脇腹でさまよわせていたが、光忠が強引に回させるとそれに従った。
光忠は満足して馬の腹を蹴る。

(少し遠回りをしても、彼の身体に負担はかけたくないからね)

できるだけ平地を走った。
そうしていると、大倶利伽羅の額がぴとりと背中につけられる感触がある。

「大倶利伽羅?」
「俺は、こんなところでは死ねない」
「……大倶利伽羅、きみ」
「どこで死ぬかは俺が決める。あいつらに決められることなんかじゃない」

ひとりごとのような寂しさを纏った言葉に、光忠の胸が少し切なくなる。
いつか同じような気持ちになったことが、刃生でもあった。

「君は、どこで死ぬと決めてるの?」
「俺がどこで死のうが生きようが、俺の勝手だろ」
「戦?」
「……」
「主のところ?」
「……」
「それとも、元の持ち主の……」
「しつこいぞ」

ごす、と頭が背中に打ち付けられる。
それで、光忠はあははと大きく笑った。

「ねえ、もし君が決めていないなら、僕のところで――」

そこまで言ってから、あまりに他人に介入した自分らしくない言葉だと思い、光忠は口をつぐんだ。

「……なんだか、あんたらしくない」

指摘されて光忠の口から苦笑が漏れる。

「やっぱり?そうだよねえ」
「……ああ。だが、ありがとう」

腹に回された腕に力が籠められた。
消え入るような大倶利伽羅の声に、光忠の馬を操る腕が止まりかける。
その時、雲の切れ間から太陽の光が差し込み始めた。

「戻ってきたかな」
「……そうらしい」

衝動と欲望の間から顔を出した感情に気づかぬふりをして、光忠は今二人がいるべき場所へ馬の歩みを進めた。